中華ドラマで中国語学習!人を褒める・貶すときの表現の単語、漢字、フレーズ、表現の日本語訳

● 中華ドラマで中国語学習!人を褒める・貶すときの表現の単語、漢字、フレーズ、表現の日本語訳

こんにちは。えりこです。最近、中国語リスニングもかねて中華ドラマを見ています。知らない単語や表現があっても、たいていは英語や日本の字幕で意味がとれますが、分からない時もあり、気になった単語やフレーズを ai アプリで調べています。調べたものをこちらに記録しておくことにしました。

この記事では、私が中国語のドラマを見る中で出会った表現のうち、人を褒める・貶すときの表現をまとめます。

結構多くなりそうですので、記事を分けて掲載しています。

億万長者 大金持ち関連の単語、表現は、こちらにまとめています。

4文字の言葉は、こちらにまとめています。

恋愛、結婚、男女関係の単語、表現は、こちらにまとめています。

人を褒める・貶す単語、表現。この記事です。

一般(上記以外の単語や表現)は、こちらにまとめています。

褒める 動詞

戴高帽

中国語で「戴高帽」(dài gāo mào)は、主に以下のような意味を持つ慣用表現です:
おべっかを使う、お世辞を言う
この表現は、相手をちやほやしたり、過度に褒めたりすることを意味します。直訳すると「高い帽子をかぶせる」となりますが、比喩的に相手を持ち上げる行為を表しています。
過大評価する
人や物事を実際以上に高く評価したり、過度に重要視したりすることを指します。
面子を立てる
相手の面子を保つために、相手を褒めたり尊重したりする行為を表すこともあります。
この表現は多くの場合、やや否定的なニュアンスを持ちます。過度におべっかを使ったり、不必要に相手を持ち上げたりする行為は、しばしば不誠実さや媚びへつらいと結びつけられます。
ただし、文脈によっては単に相手を尊重する意味で使われることもあるため、使用する際は状況をよく考慮する必要があります。

抬举

中国語の「抬举」(tái jǔ)は、以下のような意味を持つ表現です:
引き立てる、推挙する
ある人を高く評価し、地位や役職に推薦したり昇進させたりすることを意味します。優秀な人材を見出して登用する行為を指します。
ちやほやする、持ち上げる
過度に褒めたり、相手を大切に扱ったりすることを表します。時には、お世辞や媚びへつらいのニュアンスを含むこともあります。
面子を立てる
相手の体面を保つように配慮し、尊重する態度を示すことを意味します。
値段を吊り上げる
商品の価格を不当に高く設定することを指すこともあります。
「抬举」は文脈によって肯定的にも否定的にも解釈される可能性がある表現です。相手を尊重し評価する意味で使われる一方で、過度な賞賛や不適切な優遇を批判的に指す場合もあります。使用する際は状況をよく考慮する必要があります。

 

褒める

飒姐

「飒姐」(sà jiě)は中国語のスラング表現で、以下のような意味を持ちます:
・かっこいい女性、クールな女性
・強くて自立した女性
・魅力的で自信に満ちた女性

この表現の特徴:
「飒」(sà)は「凛々しい」「颯爽とした」という意味を持ちます。
「姐」(jiě)は「お姉さん」を意味しますが、ここでは年上の女性に対する尊敬や親しみを表す接尾辞として使われています。

この言葉は主にポジティブな意味で使われ、女性の強さや魅力を称賛する際に用いられます。
使用例:
她真是个飒姐,工作能力超强。
(彼女は本当にかっこいい女性で、仕事の能力も超高い。)
这个角色是个典型的飒姐形象。
(このキャラクターは典型的なクールな女性像だ。)

「飒姐」は主にインターネットや若者の間で使われる表現で、強くて魅力的な女性を称賛する際によく用いられます。テレビドラマや映画のキャラクター、あるいは現実の女性を描写する際にも使われることがあります。

中国語の「絶」(jué)は、以下のような意味や用法があります:
・断つ、絶つ
例: 绝交 (juéjiāo) – 絶交する
・非常に、極めて
例: 绝好 (juéhǎo) – 極めて良い
・全く~ない、完全に~ない
例: 绝对 (juéduì) – 絶対に
・素晴らしい、すごい(スラング)
例: 这个太绝了!(Zhège tài jué le!) – これはすごい!
・断崖絶壁
例: 悬崖绝壁 (xuányá juébì) – 断崖絶壁

特に若者の間では、4番目の用法が人気です。「絶」を単独で使って、何かが素晴らしい、驚くべき、または極端であることを表現します。
例えば:
你这句话说得太绝了!(Nǐ zhè jù huà shuō de tài jué le!)
あなたの言葉は本当に素晴らしい!
这个设计绝了!(Zhège shèjì jué le!)
このデザインはすごい!
この用法は口語的で、特にインターネットやSNSでよく見られます。フォーマルな場面では使用を避けるべきです。

料事如神

「料事如神」(liào shì rú shén)は中国語の成語で、以下のような意味を持ちます:
・物事の成り行きを予測する能力が神のように優れていること
・先見の明があり、物事の展開を的確に予測できること
・洞察力に優れ、事態を正確に把握する能力があること

この成語の構成要素を分解すると:
料 (liào): 推測する、予測する
事 (shì): 事柄、物事
如 (rú): ~のように
神 (shén): 神
直訳すると「物事を推測することが神のようである」となります。
この成語は、優れた判断力や先見性を持つ人物を称賛する際によく使われます。例えば:
他料事如神,预测了市场的变化。
(彼は神のような洞察力で市場の変化を予測した。)
这位战略家料事如神,准确预见了敌人的行动。
(この戦略家は神がかり的な先見の明で、敵の行動を正確に予見した。)
「料事如神」は、ビジネスや政治の文脈でよく使用され、優れた分析力や予測能力を持つリーダーを描写する際に適した表現です。

挺牛

「挺牛」(tǐng niú)は中国語の口語表現で、以下のような意味があります:
とてもすごい、素晴らしい
「挺」は「とても」という意味を強調する副詞で、「牛」は「すごい、優れている」という意味の形容詞です。組み合わせると「とてもすごい」という意味になります。
能力がある、優秀である
この表現は、誰かの能力や業績を高く評価する際によく使われます。
自慢する、威張る
文脈によっては、自分の能力を誇示したり、威張ったりする様子を表すこともあります。
「牛」は元々「牛」という動物を指しますが、中国語では「すごい」「能力がある」という意味でも使われます。若者を中心に日常会話でよく使われる表現で、相手を褒めたり、何かに感心したりした時に使います。
例えば:
你太牛了!(nǐ tài niú le!) – あなたすごいね!
这个想法挺牛的。(zhè ge xiǎngfǎ tǐng niú de) – このアイデアはとてもすばらしい。
この表現は非常にカジュアルな言い方なので、フォーマルな場面では使わないように注意が必要です。

貶す、悪くいう

三滥

「三滥」(sān làn)は中国語のスラング表現で、以下のような意味を持ちます:
・質が悪い、粗悪な
・レベルが低い、程度が劣る
・信用できない、いかがわしい

この表現の特徴:
・主に物事や人の質を否定的に評価する際に使われます。
・やや侮蔑的なニュアンスを含むため、使用には注意が必要です。
・口語的な表現で、フォーマルな場面では適切ではありません。

使用例:
这家餐厅的服务太三滥了。
(このレストランのサービスはひどく劣悪だ。)
他的演技很三滥,根本不像专业演员。
(彼の演技はとても下手で、プロの俳優には見えない。)
不要买那种三滥产品,质量不好。
(そんな粗悪品を買わないで、品質が悪いよ。)
「三滥」は、物事や人の質が標準以下であることを強調する際によく使われる表現です。ただし、かなり批判的な表現なので、使用する際は相手や状況に配慮する必要があります。

胡说八道

「胡说八道」(hú shuō bā dào)の意味:

胡说八道
意味:でたらめを言う、根拠のないことを話す、口から出任せを言う。

語源:
「胡说」は元々、中国北部の少数民族(胡人)の言葉が理解できないことから、意味不明な話を指すようになりました。
「八道」は道教の教えに由来するとされています。
使用例:
不要胡说八道!(でたらめを言うな!)
你这是在胡说八道吗?(お前は何をでたらめ言っているんだ?)
類似表現:
瞎说 (xiā shuō):「胡说」とほぼ同じニュアンス
乱说 (luàn shuō):より無責任さや悪意を含む場合に使用

「八道」単独では特定の意味を持ちませんが、「胡说八道」という成語の中で、でたらめや根拠のない話を強調する役割を果たしています。

耍赖

「耍赖」(shuǎ lài)は中国語の口語表現で、以下のような意味があります:
ごまかす、ごねる
約束や責任を果たさずに、言い逃れをしたり、ずるい手段で逃げようとする行為を指します。
理不尽な振る舞いをする
道理や規則を無視して、自分勝手な行動をとることを意味します。
わがままを通す
自分の非を認めず、強引に自分の主張を押し通そうとする態度を表します。
赖皮(lài pí)を働く
「赖皮」は「厚かましい」「恥知らず」という意味で、「耍赖」はそのような態度をとることを指します。
この表現は、一般的に否定的なニュアンスを持ち、相手の不誠実な態度や行動を批判する際に使われます。例えば:
他总是耍赖不还钱。(Tā zǒngshì shuǎ lài bù huán qián.)
彼はいつもごまかして金を返さない。
别耍赖了,快点认错吧!(Bié shuǎ lài le, kuài diǎn rèn cuò ba!)
ごねるのはやめて、早く間違いを認めなさい!
「耍赖」は、ビジネスや人間関係において、相手の不誠実な態度を指摘する際によく使われる表現です。

白眼狼

中国語で「白眼狼」(báiyǎnláng)は、恩知らずな人を指す表現です。この言葉には以下のような意味や特徴があります:
意味
恩を忘れ、恩義に背く人
助けてもらった相手に対して悪いことをする人
恩を仇で返す人
由来と比喩
「白眼狼」という表現は、オオカミの比喩を用いています:
中国では、オオカミは残酷で冷血な動物の象徴とされています
特に白目がちなオオカミは、その傾向が強いとされ、人間性に欠ける人の比喩になりました
使用例
「小李は白眼狼だ。よく自分の親戚をだまして無駄な保険を買わせる。」
「彼女の元夫は白眼狼だ。彼女のお金を使い切って、すぐ彼女と離婚した。」
「会社はあなたを何年もかけて育ててきたのに、結局あなたはあっさり会社を辞めるのだから、本当に白眼狼だ。」
この表現は日常会話やドラマのセリフにもたびたび登場する、比較的よく使われる言葉です。

放鸽子

「放鸽子」(fàng gēzi)は中国語の慣用句で、以下のような意味があります:
約束を破る、約束をすっぽかす
この表現は、予定や約束を守らないことを意味します。例えば:
我被放鸽子了。(昨日ドタキャンされた!)
你为什么昨天放我鸽子呢?(なんで昨日約束を破ったの?)
ドタキャンする
急に予定をキャンセルしたり、約束の場所に現れなかったりすることを指します。
人をがっかりさせる
約束を守らないことで、相手を失望させる行為を表します。
この表現の語源については、伝書鳩を使っていた時代にさかのぼるという説があります。手紙のやりとりを約束した二人がいましたが、一人が手紙をつけずに鳩だけ飛ばしたことから、約束を破る意味で使われるようになったといわれています。
現代の中国語では、この表現は口語的で、特に若者の間でよく使われます。例えば:
下周一吃吃饭吧,绝对不鸽!(来週一緒にご飯を食べましょう、絶対行くから!)
また、よく「放鸽子」する人のことを「鸽王」や「鸽子精」と呼ぶこともあります

渣男

中国語の「渣男」(zhā nán)は、クズ男やダメ男を意味する俗語です。具体的には:
利己的で、他人の感情を弄ぶ男性
浮気性の男性
女性関係にだらしない男性
ウソつき、ケチ、自意識過剰、ルーズ、約束を守らないなど、最低な性格の男性
この言葉は主に女性が使う表現で、相手の男性を非難・批判する際に用いられます。
「渣」は「クズ」という意味なので、直訳すると「クズ男」となります。
なお、女性版として「渣女」(zhā nǚ)という言葉もあり、これは「ゲス女」や「男たらしの女」を意味します。
この言葉はかなり侮蔑的な表現なので、使用する際は注意が必要です。中国のドラマやSNSでよく見かける言葉ですが、実際の会話で使う場合は相手との関係性をよく考えてから使うべきでしょう。

马屁精

中国語の「马屁精」(mǎ pì jīng)は、おべっか使い、ゴマすり屋を指す言葉です。
上司や権力者に対して過度に褒めたたえたり、機嫌を取ったりする人のことを表します。
直訳すると「馬のお尻の専門家」という意味になりますが、これは馬の尻をなでることで馬をなだめるという行為から来ています。
自分の利益のために他人に過剰に取り入る人を批判的に表現する言葉です。
日本語の「お世辞屋」や「へつらい屋」に近い意味合いを持ちます。
この言葉は通常、否定的なニュアンスで使われます。過度におべっかを使う行為や、そのような人格を批判する際に用いられます。
例えば:
「他就是个马屁精,整天围着老板转。」
(彼はただのゴマすり屋だ。一日中上司の周りをうろついている。)
「别当马屁精了,说点实在话吧。」
(おべっかはやめて、本音で話してよ。)
「马屁精」は中国の職場文化や社会関係を反映した表現の一つで、上下関係や権力構造の中でしばしば見られる行動を批判的に表現しています。

孽种

「孽种」(niè zhǒng)は中国語の俗語で、非常に侮辱的な表現です。主な意味は以下の通りです:
・災いの元、厄介者
・罰当たり、出来損ない
主に年上の人が、出来の悪い子供や孫に対して使う罵倒語
・私生児、不義の子
婚外で生まれた子供を侮蔑的に指す
・悪い結果をもたらすもの

この言葉は非常に攻撃的で侮辱的な表現であり、使用には十分な注意が必要です。現代の中国社会では、このような言葉を使うことは適切ではないとされています。

「孽」は「悪い」「不幸な」という意味で、「种」は「種」「子孫」を意味します。つまり、直訳すると「悪い種」や「不幸な子孫」となります。

この言葉は主に以下のような状況で使われることがありました:

・親が子供の行動に激怒した時
・誰かを強く非難したい時
・何かが非常に悪い結果をもたらすと予想される時

ただし、現代では差別的で不適切な表現とされており、使用は避けるべきです。